「えー! また、次元解析なの?」
「ま、そう言わずにな。
数式処理ソフト DERIVE(デライブ)の前回に書いておけば良かったんじゃがな。
次元解析の目的として、法則の発見ということを書いたんじゃが、もう一つ、相似則ということを書き忘れたのじゃ」
「その、法則の発見、といっても、これまでの例では、あんまり実感がないわね。
まず、方程式を立てて、それを解くという方法でいいんじゃないの」
「ま、マクロとミクロという2つの見方があるということじゃな」
「どういうことなの?」
「物理現象(必ずしも物理的な現象でなくても良い)について、方程式を立てて、それを解くというのは、そのとおりなんじゃが、「方程式を立てて」というところは、詳しく言えば、「現象」を基に何らかのモデル化する、という作業が必要なんじゃな。
たとえば、太陽の周りの地球の運動にしても、地球を剛体と見なし、また、地球以外の星の引力については、無視する、というのが普通じゃ。そのように仮定することで解析的に解けるという事情もあるが、太陽の引力が他の星より卓越しているということがある。つまり、現象をモデル化(単純化)しているわけじゃな」
「まあ。モデル化が必要ということは分かるわ」
「そこで、地球の運動については、その運動の原理が解明されているので、ニュートンの運動方程式を書き下す、ということで良い。そして、それは解析的に解ける。
ところが、現象によっては、その原理が不明で方程式を書き下せなかったり、方程式を書いてはみたもののそれ自体が複雑で果たして正しいものか分からないということもあるんじゃよ」
「たとえば、どんなものがあるのかしら」
「力学的な現象に限っても、質点、剛体、流体、粘弾性体、粉体などと対象を分けて考えるとき、最後の粉体については、特に他のものと比べて、基礎となる原理が不明なことが多いんじゃ。
また、電磁気現象では、プラズマとかも難しい問題がある。さらに量子力学の基礎や宇宙、天文などの分野には、未解決な問題が山積している。
物理学以外では、生理学的な問題である、脳の記憶や思考の解明などは、代表的な事柄じゃろう。更に言えば、株価の変動など人間世界の現象などは、いっそう扱いが不明になってくるのう。
このようなとき、マクロ的な見方、「現象論」というのじゃが、少数の巨視的な変数により現象を説明できる方程式を探すという方法がとられてきたのじゃ。
一番、良い例が、「熱力学」じゃ。熱の本体がよく分からない時代に確立されたのじゃからな。現在では、統計力学により、ミクロ的にその基礎付けが、なされているのじゃが、熱力学の重要性は、失われておらんからな」
「へー。ところで、粉体、というとどんなものかしら?」
「日常的な小麦粉とか砂糖も粉体じゃが、砂とか小石の集まりも粉体として考えるられるのう」
「で、何が問題なの?」
「ま、一言で言えば、粉体の運動を論じる際の基礎方程式が明らかになっておらん、ということかの。
古典力学や流体力学、粘弾性体などでは、基礎方程式が確立されている。もちろん、問題によっては、たとえば、多体問題については、解析的な解が求められないという困難は、あるが。
粉体については、このような意味での基礎方程式が見つかっていないらしい。つまり、どのように扱っていいか、不明な部分が多く残されている、ということか。
なお、付け加えると、我が国の寺田寅彦(1878年~1935年)も早くから粉体に興味をいだいて様々な実験を行っていたようじゃ」
「日本物理学会誌 2007/9(Vol.62)」に「流れる粉体の動力学 バグノルド則をめぐって」(御手洗菜美子・中西 秀 氏)という解説記事が掲載されている。
ここに粉体の運動を記述する「バグノルド則」という法則に関する記載がある。
この中にバグノルド則を次元解析で求めている個所があるので、ここでも試みてみよう。
さて、バグノルド(Bagnold)則というのは、粉体流の剪断応力Sが、粉体の質量 m、粒径 σ、速度勾配 γ’、空間次元 d により、S∝mσ2-dγ'2 と表される、ことを指す、とある。
分かりやすいように、粉体が2次元に広がって水平な層になって流れている流れを考える。流速をuとしたとき、uは、層間で摩擦が働くため、流れの垂直方向(z方向)でも変化している。γ'=du/dz 。層間の距離は、粒径 σ程度とする。
さて、Sの次元は、[力]/[面積]=MLT-2×L-2=ML-1T-2なので、mα×σβ×γ'δ =[M]α[L]β[T-2]δとおくことにより、α=1、β=-1、δ=2 と求められることから、結局、S∝mσ-1γ’2 が得られる。これは、前述の式でd=3と置いたものに等しい」
「剪断応力というのは、何かしら?」
「粉体流の流れに平行な仮想面に水平に働いていると考えられる単位面積あたりの力じゃ。簡単に言えば、流れにより引きちぎられる力と言えるかの」
「この法則の基礎付けが難しいわけね」
「そうじゃな。いわゆるミクロの第1原理からこの法則を導出する場合、どのような仮定なり、近似を導入するか、ということが問題になるの。それがないと、この法則の適用限界なり、適用対象がどこまでかということが明確にならないからの。
なお、詳細を知りたい人は、上述の雑誌記事及び引用文献を参照して欲しい」
「これが、書き忘れておった点じゃ。流体力学の基礎方程式は、非圧縮性流体では、天下り式じゃが、次のようになる。
div(v)=0 (連続の式)、
ρdv/dt=-▽p+μ△v (ナヴィエ・ストークスの方程式)、
ここで、vは速度ベクトル、pは圧力、μは粘性率、ρは、密度とする。ただし、外力は、ポテンシャルを持つとして、圧力に繰り入れている。
さて、速度Uで流れる流れに置かれた長さLの物体と流れとの現象を調べる場合、変数を規格化して無次元量で表すことを試みる。
すなわち、V=v/U、X=x/U、T=t/(L/U)、P=p/(ρU2)と置く。ここで、xは、位置座標、tは、時刻。
そうすると、2つの方程式は、新しい変数に対応して、
div(V)=0
DV/DT=-▽P+△V/(Re)、ここで、Reをレイノルズ数といって、Re=ρUL/μ。
上記の方程式は、すべて無次元量で書かれているのみならず、Re以外には、パラメータを持たない。
すなわち、Reが同一である流れについては、同一の結果が得られる。
これにより、風洞実験や水槽による実験で、非圧縮で粘性流体という制限下ではあるものの、同一形状で尺度だけ異なる物体が流れに同一向きに置かれている時の現象は、Reが等しければ、実際のスケールでも同一(相似)であることが期待されるのじゃ。これを「レイノルズの相似則」と呼ぶ。
※この節は、「物理学大事典」(朝倉書店:2005/10)を参考にしました。」
「なかなか、難しいものね」
「まあ、そうじゃな。
なお、なにも、相似則は、「レイノルズの相似則」だけでなくて、構造材の強度などについても、同様の相似則があり、さまざまな場面で使われているのじゃ。
たとえば、35章で出てきた、単振動の例では、
「無次元変数 XとTを、X=αx、T=βt で定義すると、与式を整理して、d2X/dT2=-β2ω2X を得る。
ここで、β2ω2=任意の無次元定数(簡単のために=1)となるようにβ=1/ω=√(m/k)と選べば、d2X/dT2=-X と無次元量のみで式を表すことができる。
なお、αは、ゼロでない長さの逆元の次元を持つもので正値であれば、なんでもよいので、バネの自然長の逆数とすれば、よいじゃろう」と書いておるが、これなど、簡単すぎるので、相似則とは、呼ばないが、原理的には、同じ事じゃな」
最終更新日 2008/3/25